ここは新聞の広告でもよく見かける、有名な結婚相談所の休憩室。
コピー機が二台、スチールの小さなテーブルとイスがニ脚。広さは六畳ほどで、窓は換気に使える程度の大きさしかない。壁面には天井の高さまでの本棚にギッシリの会員リスト。
テーブルの上には、灰殻で一杯になった灰皿。テーブルの下には防火と書かれた赤いバケツ。この会社の従業員女性30人、改めて女性の喫煙人口が多いことが分かる。
接客業に従事する者は、衣服にタバコの匂いが残るから禁煙とまでは言わないにしろ、せめて接客前後は控えた方が良いと思うのだが、アドバイザーの先輩方はなんとも感じないらしかった。
「お疲れ〜。どう?入りそう?」
先に腰掛けていた40歳に近い独身アドバイザー古田が、会員リストを取りに来た池野に声を掛けた。
「いやいや、手ごわいですよ〜。」入社して半年にもならない池野は、20代後半でまだ若いのだが、己の恋愛経験で学んだことをフルに活かし、適切なアドバイスと親身なアフターフォローで会員から信用を得ている。古田にしてもそうだが、入会するまではマメに電話なりメールなりを入れるのだが、入会して会員になってしまうと連絡がパッタリと止んでしまう。そのことを会員に突っ込まれると、“私はアドバイザーであって、貴方と付き合ってるわけではないんですよ!”と逆ギレ状態の態度をとる。アドバイザー10人いたとしたら、3人がこのタイプ。あとの7人をタイプわけすると、会員からの電話には居留守を使うのが3人、池野のように親身になって相談に応じるのは3人(いたらいいなあ)、そして名前すら覚えないのが1人…。会員は担当アドバイザーを選ぶことは出来ないのである。どんな担当者がつくかは運—としか言えないのである。
仮に入会後に担当者の交代を申請したとしても、入会時に自分がカウンセリングをしたわけではないので、やはりイマイチ親身にはなれないのが実情。何故そうなってしまうのかと深く掘り下げて説明すると、実に泥臭い話になってしまうので伏せておくことにする。 「どんな人?」古田がさぐりを入れる。 「う〜ん。まあ、よくいる自分を分かってない人ですよ。プライドが高いのと理想が高すぎちゃって、相手に出会えなかったって感じの。」
「ああ、多いよね〜。己を知ろってヤツね!」
こういう所に訪れる—ということは今現在、恋愛をしていないというのは当たり前ではあるが、恋愛から遠ざかっているという方がほとんどである。その遠ざかっている距離(期間)が長ければ長いほど、入会する率が高くなっていく。
ここに訪れる男性も女性も、不安でドキドキしている。アドバイザーからシステム説明を受け、決して安くはない入会金の額を聞き、もう一度ドキドキする。高い!と。
けれど、開示OKの会員リストを閲覧すると期待でワクワクに変わる。会員数はかなり多い。だからシステム・費用の説明を終えると一度アドバイザーは席を離れ、お客様を独りにして会員リストを閲覧させるのである。
「千代さんの会員さんに会いたがってるんですよ」池野が憂鬱そうに言った。
千代とはこのセンター所属のアドバイザーではないが、トラブルメーカーとも呼ばれる程、ことあることに難癖をつけてくるのである。先月はこのセンターで接客し、入会した会員さんが実は千代が3ヶ月前から追いかけていた人だったと言うことで、かなりもめていた。
「あちゃ〜!そりゃ面倒だ。自分の会員さんで会えそうな人いないの?」古田がせっつく。
「う〜ん…。思い当たらない」
「じゃ、私の会員さん会わせてみる?どんな人?」
「32歳独身、大卒、年収450万、ルックスは締りのないイノッチ。理想は大石めぐみ。」
「大石めぐみか〜。どれどれ本人覗いてこようっと」
入会に難色を示すお客様には、まずは手持ちのコマから勧めていく。会いたいと思う会員さんがいて入会しても、すぐには会えるわけではないし、ましては条件が合わなければ存在すら知ってもらえないこともあるのである。
「はいはい、締りのないイノッチね。和子さんに聞いてみるよ。会ってもらえるか。」
「ありがとうございます。よし!ラストプッシュしてきます!」
「和子さんのプロフィール持っていっていいよ〜」
アドバイザー同士のこういうやりとりでセッティングされることはあまり多くはない。入会後に会員活動を通して、自分で相手にアプローチして下さい—というのが原則であるし、こういうことを他の会員さんが耳にした時、ずるい!贔屓だ!とクレームの嵐になってしまうからである。だから最初に“これは○○さんだけですよ!一度だけの特別です!”と言っておかなければならない。特別—という言葉に弱いのが人間である。

「お疲れ〜。あ〜もう電話しまくって声が枯れた〜」山中が一服しに入ってきた。
「声枯れたなら、タバコ止めろよ!(笑)」古田が灰皿に小さくなったタバコを押付けながら言った。
「ひゃあ〜。土日アポ入ってないのが部長にバレたから大変じゃ」
土日に入会希望の来客がないと言うのは、部長いわくアドバイザー失格なのである。諸々の因果関係はこれまた泥臭い話になってしまうのだが、要するに毎月これだけの人数を入会させる—という目標があるのである。会員さんのためには、選択肢を増やしてあげる(会員数を増やす)—というのが会社も部長も同じ考えなのである。それが売上げに影響するからである。
アドバイザーとはいえ、営業なのである。
「会員フォロー頑張って!」古田が笑いながら休憩室を出て行った。
活動状況の相談や、会員リストを閲覧しに来た会員さんのお相手をするのを、会員フォローという。来客がないアドバイザー、もしくは先月の目標数の入会者を入れられなかったアドバイザーが担当する。この会員フォローというのが、なかなか面倒なのである。スムーズに活動出来ている会員さんなら問題ないのだが、入会後誰一人にも会えないとか、思うようにいっていない会員さんに当たると時間も労力も無駄にかかるのである。
「絶対アポとってやる!!」タバコを消して山中も古田の後に続き、部屋を出た。